終わりに。
その後も20歳頃まで扱き合いは少なからず続きましたが、それ以上の発展は有りませんでした。
中学3年の修学旅行では、10人の大部屋だったのですが、布団を隣同士に並べて皆が寝静まった後にお互いの腕だけを交差させて扱き合いました。
高校生になると頻繁にこうじが私の家に泊まりに来て、今はもう放送されていない『23時』という大人の番組を見ながら少し成長したお互いを満足させたり。。
高3の時、私か鎖骨を骨折して手が不自由な時は一度だけ一方的に私だけが逝かされた事も。。
高校を卒業後、こうじは都会で就職して会う機会が減りましたが、盆正月の休みにこうじが戻って来た時は、電話がかかってきて会っていました。
高校卒業まではジャンケンしていたと思います。
中学時代は、私が先に逝かされ、こうじが後。
高校時代、泊まりの時は2回戦が決まり事のようになりました。
卒業後に会った時からは、ジャンケンは無くなりました。
こうじの仕掛けから始まりお互いの手が休む事なくお互いのタイミングで逝かせ合う。そんな普通?のプレイになりました。
扱き合い以上に発展しなかったのかって?
もちろん私は手以外で責めたい気持ちは有りました。
でもどうしてもその一線は越えられませんでした。
こうじに引かれるのが怖かった。この快楽を続けたかったからです。
扱き合いまでならこうじが認めてくれていたと思っていたので。。
こうじは、結婚して3児のババに、私は同性パートナーと巡り合い数十年。
ふとした事から20数年ぶりにFBでやり取りする機会がありその時知りました。
ついでに、あの頃舐めて欲しかったなんて暴露までされて。。
扱き合いの先まで行けてた事を悔みましたが、舐めてたらお互いの人生が違った道に行ってたのでしょうか。。
今となっては、遠き過去の思い出です。
長々と拙い文章、読んでいただきありがとうございました。