第4章:限界のその先で――アナコンダ、ダース、連続絞め
その日もまた、夕方の大学の道場。外は少し肌寒くなってきていたが、畳の上は熱を帯びていた。
涼太は、既に軽く汗を滲ませながら、上半身にラッシュガード、下は道着のズボン姿。呼吸を整えながら、圭吾と蓮の前に正座している。
「今日の目標は、“限界ギリギリを感じ続ける”ことだ」
圭吾の声は穏やかだが、その内容は厳しい。だが涼太は、怯むどころかほんの少し期待にも似た表情を見せて頷いた。
「もちろん……お願いします。最後まで耐えたいです」
その一言に、蓮が満足そうに微笑む。「じゃ、たっぷり付き合ってあげるよ。今日は“巻き絞め”のターンだから」
第一段階:アナコンダチョーク(Anaconda Choke)
蓮がマットの上にうつ伏せになり、涼太を誘導するようにして身体を巻き込む。首と腕をひとまとめにして、脇の下を通した腕を、逆の手でガッチリとクラッチ。
「アナコンダはな、身体ごと巻くから逃げ場がない。呼吸も圧迫も、一気に来る」
そのまま蓮は、身体をねじりながらロールして涼太を横に転がす。そしてロール後、脚で下半身をロックし、上体はクラッチしたまま締めていく。
「くっ……う、ん、ぐ、っ……! は、あ、っ、ぅ……!」
肺の中の空気が出ていくのに、次の一息が入らない。巻き込まれた体勢のまま、首と腕が強烈に圧迫される。
「まだ、いける?」
圭吾の声が横から飛ぶ。涼太はわずかに首を振り、合図のサインを出さない。
「じゃ、もうちょっとだけ……耐えて」
蓮がほんの少しだけ、クラッチの角度を締める。視界が斜めに揺れる。手足の力が抜けかけて、体温が下がっていくような錯覚。ギリギリの意識で、「これは……信じてる人にしか……できないな」と、思った。
第二段階:ダースチョーク(D’Arce Choke)
次は圭吾が入れ替わって、ダースチョークの形に組む。
「アナコンダと逆で、腕の通し方が逆になる。首と腕の間を、肩ごと締め上げる形な」
涼太の上半身を伏せさせ、そこに圭吾が潜り込む。左腕が首と脇の隙間を通り、右手で自分の二の腕を持ってクラッチ。そのまま頭を涼太の肩に密着させ、全体重で体を押し下げるように締め上げる。
「ぅ、あ……んん……ぐ、う、ぅ……」
技の締まりは、まるで首を内側から潰されるような圧力。圭吾の胸の重みが、酸素を全部持っていく。
「落ちそうか?」
「……っ、ま、だ……いけます」
それでも、涼太は答えた。首を預ける安心感。限界を見極めてくれる信頼。
圭吾は、涼太の首筋にそっと自分の頬を寄せるようにして言う。
「ちゃんと俺らが見てるから、安心して落ちそうになっていい」
そのままの体勢で、数十秒。限界の音が、内側で鳴っていた。ぎりぎりで合図を出すと、圭吾はすぐに解いた。
涼太の身体がふっと脱力し、畳の上に崩れ落ちる。全身が痺れのように揺れて、脳が空に浮かんでいた。
第三段階:連続絞め――首が覚える、信頼のリズム
「じゃ、今度は連続でいこうか。三角から、腕十字のフェイント、そこからまた三角、そして最後にスリーパー」
蓮と圭吾が入れ替わりながら、涼太の身体を導いていく。
──蓮の太腿に首を挟まれ、三角のロックで意識が遠のきかけたところで、
──腕十字を仕掛けられかけ、肘のテンションを感じてから
──そのままスイープされて再び三角。次第に、意識が曖昧に。
「……最後、スリーパーで決めるぞ」
圭吾が背後から優しく囁く。そして、腕が喉元に回る瞬間――涼太の身体は、自らその腕に頭を預けていた。
「いい子だな、涼太」
最後のスリーパーが決まる。もう声は出ない。ただ、涼太の身体は委ねきっていた。落ちる寸前、静かで、穏やかで、そして甘美な世界。
ゆっくりと戻される意識。先輩たちが、汗を拭き、ポカリを口元に運んでくれる。
「……信じてる。だから、全部……預けられます」
「俺たちも信じてるよ。お前が最後まで、俺たちの技を受けてくれるって」
涼太の身体はすっかり“覚えた”。
落ちるギリギリのラインで、技を“感じる”という快感。
それはもう単なる訓練ではなく、信頼を絞められながら交わす儀式だった。