第3章:首が覚える夜――繰り返されるスリーパーと三角の記憶
涼太が再び圭吾と蓮に会ったのは、その数日後の放課後だった。部活を終え、道着の上からパーカーを羽織って大学の道場を訪れると、二人はすでに畳の上でストレッチをしていた。
「よく来たな、涼太。首の調子は?」
「……ちょっと筋肉痛でした。でも、また来たくなって……」
圭吾がふっと笑う。「うん、よく頑張ってるよ。今日は“耐える力”をもう少し鍛えようか」
蓮もにやりと微笑む。「次第にクセになるって、言ったろ?」
涼太は軽く頷きながら、畳の上に正座した。胸の奥がざわつく。だが、それは恐怖ではなかった。不思議な高揚――自分が彼らに預けられていく感覚。
第一の訓練:リアネイキッドチョーク(スリーパーホールド)
「じゃあ、まずはスリーパーからな」
圭吾が背後から涼太の肩に手を置くと、自然に涼太は胡座をかいて背を預ける。
「力を抜いて。息、整えて」
首の後ろに、温かい腕が回る。片腕が喉元をすっと横切り、もう片方の腕が後頭部を押さえるようにして、涼太の首は完全に圭吾の胸に包み込まれた。
「行くぞ」
腕に力がこもる。肘の角度がわずかに締まり、頸動脈に圧がかかる。呼吸はできるのに、脳が酸素を渇望し始める。視界が揺れる。
「ん……ふ、っ、んん……!」
口が自然に開き、喉が苦しさを訴える。でも、どこかで安心している。圭吾の腕の強さは絶対で、それでいて限界は絶対に超えない。
「はい、戻すぞ」
解かれた瞬間、涼太はふっと上体を預けた。気を失う直前の、心地よい宙の感覚。ゆっくり戻ってくる血流に、全身がぽかぽかと温まる。
「……すごい、さっきより早く落ちかけました」
「身体が慣れてきた証拠だ。神経と血流の感覚が、ちょっとずつ繊細になってる」
「……もう一回……やってもいいですか」
圭吾は、そっと笑って頷いた。
第二の訓練:三角絞め(サンカクジメ)
「じゃあ、次は俺の番だね」
蓮が仰向けになり、涼太をその上に誘導する。「今日は“仕掛ける側”じゃなくて“食らう側”でな」
蓮が右脚を高く上げ、涼太の首と片腕をまたぐように絡める。そのまま左脚で自分の右足をロックし、股関節全体で涼太の首を締め上げる体勢――三角絞めが完成する。
「しっかりハマってると、10秒持たないよ。肘と首が一緒に閉じられるから、すごく絞まりが強い」
脚が閉じられると、涼太の頭が蓮の太腿に深く埋まった。しっかりとしたロック、そして内腿から圧が加わる。
「ぐ……う、あ、く……! かっ、ふ、ん……!」
喉が鳴る。頭の中で酸素の音が遠ざかっていく。蓮の脚はぴたりとした筋肉の壁となって、涼太の首を逃がさない。体を動かそうとしても、締まりの中心にすべて吸い寄せられるようで、なす術がない。
「落ちるぞ。3、2、1――はい、外す」
解かれた瞬間、涼太は小さく「あっ……」と声を漏らした。
落ちきる前の、絶妙な浮遊感。それが心の奥で、快感として結びついているのが自分でも分かる。
「どこかで……怖いはずなのに。なのに……気持ちいい……」
蓮が笑う。「それ、沼に片足突っ込んでる証拠ね」
インターバルの会話と信頼
「二人の技って……不思議と“怖い”って感覚が薄れてくるんですよね」
涼太がポカリのボトルを受け取りながら言うと、圭吾はうなずいた。
「うん、技っていうのは“殺すため”じゃなく“支配するため”にある。俺たちはそのギリギリを管理するから、安心して委ねられる。信頼がなかったら、こんな絞め方は絶対できないよ」
涼太は、自分の首をそっとなぞる。先輩たちの腕や脚の感触が、まだそこに残っている気がした。
「俺……もう少し、やってもいいですか」
その言葉に、圭吾と蓮の目がわずかに細まった。
「いいよ。でも、次はもう少し深くまで――行くぞ?」
涼太は、ごくりと喉を鳴らして、静かにうなずいた。