第1章:試される柔道魂(導入〜初めての絞め)
柔道部の練習が終わる夕暮れ、涼太は畳の上に寝転がっていた。汗に濡れた道着を少しだけはだけさせ、呼吸を整える。夏の湿気と汗の蒸気が、古びた道場の空気をぬるく満たしていた。
「よく動けてたな、今日」
声をかけてきたのは、大学生になった元主将・圭吾だ。引退してからも時々道場に顔を出す圭吾は、涼太にとっては目標であり、憧れであり、少し怖い存在でもあった。
「えへへ、ありがとうございます。でも圭吾先輩と乱取りしたら、また秒で投げられましたけど」
「そりゃ、まだまだ俺の方が一枚上手ってことだな」
涼太は少しふてくされたように唇を尖らせるが、その顔はどこか嬉しそうだ。圭吾の目には、そんな涼太の表情が幼く、そしてどこか無防備に映っていた。
「ところでさ…お前、前にちょっと言ってたよな」
「え?何をですか?」
圭吾は少しだけ目を細めて、畳の隅に置いてあったバッグから黒いTシャツを取り出す。そのまま床に腰を下ろしながら、淡々と続けた。
「“自分、ちょっと変かもしれません”って。首絞められると変にドキドキするって言ってたろ?」
「……う、うっかり言っちゃったやつですね」
涼太の耳が赤くなる。あれは確か、軽くふざけた雰囲気の中でこぼしてしまった本音。力で制圧される感覚や、呼吸が奪われていく瞬間にゾクゾクすることがあると――。
「蓮に話したら、ちょっと面白がっててさ。柔術やってるし、一回試してみないかって」
「試すって……?」
そのとき、道場の裏手からもうひとつの影が現れた。蓮。細身でスタイリッシュな雰囲気の大学生。着ているのは、道着ではなく柔術用のラッシュガード。肌に密着した黒い生地が、肩や首のラインをくっきり浮かび上がらせる。
「やあ、涼太くん。緊張してる?」
「……蓮先輩まで」
「圭吾から聞いたよ。絞められるとドキドキするって。ねえ、だったら――ちゃんと落ちるまで、味わってみたいと思わない?」
蓮の声はどこか艶っぽく、挑発的だった。涼太は一瞬、喉の奥がカラカラに乾く感覚を覚える。
「もちろん、無理にはやらない。でも、俺たちは絞め技のプロ。合図を決めて、安全はちゃんと確保したうえで、柔術のテクニックを“プレイ”に使ってみるだけさ」
圭吾が言葉を継ぐ。「落ちる寸前、あるいは完全に意識が落ちるまで。それを体験したいなら、俺たちがきちんと導いてやる」
涼太は、喉を鳴らすようにして息を飲んだ。
静かにうなずいた。
絞めプレイ・開始
場所は道場の奥、柔術マットを敷いた練習スペース。道着の上着を脱いだ涼太は、ラッシュガード姿の蓮に導かれてマットの中央へ。
「じゃあまずは、後ろからのリアネイキッドチョーク、いわゆる“裸絞め”ってやつをやってみようか」
蓮がゆっくりと背後に回る。涼太は正座の状態から、すっと両腕を背中に回され、優しく抱き込まれる。
「力を入れる前に、まずはポジションに慣れよう」
蓮の腕が、滑らかに涼太の首に巻きつく。片腕が喉元を覆い、もう一方の腕がその手首をしっかりと固定していく。柔術の締め技独特の、無駄のない流れだ。
「……っ」
圧迫はまだほとんどない。それでも、自分の首に巻きついた“意志ある腕”の存在が、涼太の内側に熱を走らせる。
「合図はどうする?」
「指で2回、トントンで」
「了解」
そのやり取りを確認すると、蓮は微笑んだ。そして次の瞬間、ふっと力が込められた。
「――ん、ぐ……っ!」
一瞬で、視界がぐらつく。首の両側の頸動脈を精密に狙った絞め。喉に直接当てることなく、血流だけを止める。呼吸はできる、けれど――意識が、急速に遠ざかっていく。
「頑張って、もう少しだけ堪えてごらん?」
蓮の声が耳元で囁かれたその瞬間、涼太の脳が真っ白になった。
目の奥がチカチカと光を放ち、全身がゆっくりと脱力していく。
落ちる。
落ちる。
「――よし、今だ」
圭吾の声と同時に、蓮が腕を解いた。
涼太の身体が、重力に負けてマットに倒れ込む。その瞳はかすかに開いたまま、虚ろに揺れていた。
「……はぁっ、はっ……っ」
数秒後、息を吸い戻した涼太は、まるで水中から浮上したように深く息を吐いた。
意識が戻るその瞬間、彼の全身は震えていた。
圭吾がそっと近寄り、涼太の頬に手を添える。
「大丈夫か?」
「……だ、大丈夫……です。なんか……すごかった……」
口元が、どこかとろけるように緩む。羞恥と快感と恐怖と安心が、すべてない交ぜになった表情。
蓮が満足そうに笑う。「ね、悪くないだろ?」
涼太は、ふるふると小さくうなずいた。
そして、次のプレイが、静かに始まろうとしていた。