遠くでパタパタと旅館のスリッパの音が響き、部屋のドアが静かに閉まった。
昨夜遅くまで飲んでいた他の2人が、朝風呂へと向かったのだ。
一気に静まり返った和室。
残されたのは、俺と、隣の敷布団で横を向いてスマホをいじっているあいつの2人だけ。
液晶の淡い光が、あいつの無防備な横顔をぼんやりと照らしている。
(あいつ、朝風呂行かないのは俺に合わせて残ってくれたのか……? もしかして、2人きりになりたかった……?)
淡い期待と、心臓のバクバク音が頭の中でうるさく響く。
新卒で入社してまだ半年。会社の同期として出会ったあいつは、普段は地味で、機械やガジェットのオタクっぽい話を熱心にするような奴だ。だけど、よく見たらパーツの整ったかなりのイケメンで、元野球部だからか体つきもしっかりしている。
俺の持っていないものをたくさん持っているくせに、どこかミステリアスで自分のことを多く語ろうとしない。かと思えば、たまにちょっとダサいところを見せてきたり、不意にずるい笑顔で笑ったりする。
そんなあいつの掴めない魅力に、俺はいつの間にかどうしようもなく惹かれていた。
昨日の夜、みんなで並んで布団に入っていた時は、他の2人の目もあってどうしてもチキってしまい、あんまり距離を詰めることができなかった。そんな消化不良のじれったさと後悔が、一晩中ずっと胸の奥にくすぶっていた。
だからこそ、この訪れた千載一遇のチャンスを、今度こそ絶対に逃したくなかった。
朝になってお酒はすっかり抜けていたし、温泉に入ってから時間も経っている。頭の中は完全に冷めてクリアだった。ただの「酔った勢い」は言い訳にできない。
だけど、「まだ半分寝ぼけてる」という建前なら、男同士の雑なスキンシップとしていくらでも言い訳が立つはずだ。
一度トイレに立ち、布団に戻る時にあいつの布団に潜り込もうかと思った。だけど、さすがに不自然すぎるかと直前で躊躇してしまい、そのまま自分の布団に一度入る。
……でも、やっぱりどうしても行きたい。
欲望に抗えず、俺はわざとらしくもう一度布団を出て、意味もなく不自然に洗面所へ向かい、冷水で手を洗った。
鏡に映る自分の顔は、酒が抜けているはずなのにやけに熱い。
意を決して和室に戻り、自分の布団を通り過ぎて、スマホをいじっているあいつの敷布団の真横に立った。
ここから先は、もう言い訳ができない境界線だ。あいつはバッチリ起きている。
「……なぁ、それ何見てんの。俺にも見せて」
あえて掠れた、低くて眠そうな声を絞り出して、頭が回っていない「寝ぼけたフリ」を装いながら、あいつの布団の端を持ち上げた。
その瞬間、喉の奥が完全にカラカラに乾き、全身の毛穴がキュッと締まるような強烈な緊張感が走った。
あいつがスマホを持つ手を止めて、「は? 狭いわ」「自分の布団戻れよ」と冷たく突き放されたらどうしよう。男同士のウザい絡みとして怒られたら、明日からの関係はどうなる。
心臓が口から飛び出そうなくらい高い音を立てて暴れる中、ゆっくりとあいつの背中の後ろに身体を滑り込ませた。
「んー? 昨日の写真見てた」
あいつはスマホの画面から目を離さないまま、少し声のトーンを落としてそう言った。
俺の侵入を、拒否しなかった。
昨夜のじれったさが嘘のように、あっけなく縮まった距離。その事実だけで脳内で何かが弾けた。
だけど同時に、ドクン、ドクンと、自分の心臓の音が異常なほど大きく耳の奥で鳴り響く。
(マズい、近すぎる。この心臓の爆音が、背中越しにあいつに直接伝わっているんじゃないか……?)
あまりのバクバク具合に息をすることすら忘れてしまう。
画面を覗き込むフリをして、さらに後ろから距離を詰める。
まずは、慎重に浴衣の上からあいつの脇腹のあたりに腕を回した。まだ半分夢の中にいるような、無防備なノリを装って。
俺より少しだけ背の低い、170センチほどの引き締まった体躯。地味だけど元野球部なだけあって、布地越しでも無駄のない肉の厚みと、男らしい弾力が伝わってくる。
それに、近すぎるせいで、あいつの首筋から男特有の体温の混じった匂いがふわりと鼻腔をくすぐった。なんだか落ち着く、ずるいくらいに俺好みの匂い。
あいつはそのままスマホを触り続けている。嫌がる素振りも、腕を振り払う気配もない。
よし、この『寝ぼけたフリ』のノリなら拒否されない──それを肌で確認して初めて、俺はさらに一歩踏込んだ。
はだけかけた浴衣の隙間から、あいつのお腹に直接、手のひらを滑り込ませた。
遮るもののない、生の肌。
指先で触れる、綺麗に割れた腹筋。男らしい滑らかな皮膚の質感が、手のひらを通じて脳の芯までパチパチと痺れるような快感を運んでくる。
「……お前、何してんの(笑)」
あいつが低く掠れた声で小さく笑うが、やはり俺の手を振り払おうとはしない。スマホを持ったまま、されるがままに俺が腹筋をなぞるのを受け入れている。
その心地よさに、俺のそこはパンツの内側で、今にもはち切れそうにガチガチに硬くなっていた。
(……朝だから。男なら誰でも朝は立ってる。そういう言い訳がつく)
「寝ぼけてる」という建前と、男同士の生理現象という「最強の言い訳」を二重の盾にして、俺はあえて腰を引かなかった。
ガチガチに硬くなった俺の塊が、浴衣の薄い布地を挟んで、あいつの丸みを帯びたお尻の割れ目に、ゴリッとダイレクトに押し付けられる。
あいつの身体が、一瞬ピクッと強張った。
絶対に、この異常な硬さと熱さはあいつの肌に伝わっている。あいつが小さく息を呑む音が、静かな和室に響いた。
だけど、あいつは逃げなかった。
じっと黙って俺のソレをお尻に受け止めながら、生の腹筋を触らせているあいつの無言の「許可」。
それがトリガーだった。
静まり返った部屋の空気の中、俺の脳内は完全に現実のタガを外して暴走を始めた。
本当は、ただこうして寝ぼけたフリをしてスマホを見るフリをして触っているだけじゃ満足できない。
昨夜詰められなかった距離の分まで、このまま後ろからあいつの首筋に顔を埋めて、熱い地肌に深く唇を押し当てたい。
そのまま耳元に熱い息を吹きかけ、濡れた舌で耳たぶを甘噛みして、いつも涼しい顔をしているあいつから切ない吐息を絞り出したい。あいつの顔を強引にこっちに向かわせて、唇を奪いたい。
驚いて開いた口の奥に舌を滑り込ませて、お互いの舌がじゅるじゅると音を立てるまで、激しく舌を絡ませ合うんだ。
浴衣を完全に肌から剥ぎ取って、その男らしい肉体のすべてを、この手のひらで直接なぞり尽くしたい。
厚い胸板を愛撫し、引き締まったお腹の地肌を滑らせ、あの逞しい太ももの内側をじりじりと割り込んでいく。
そして、あの大きな、柔らかいお尻を両手で掴み、思いきり肉を割り開いて――。
そこへ、パンパンに熱く硬くなった自分のそれを、容赦なく根元まで挿し入れたい。
「っ、あ……!」と、あいつが声を詰まらせて枕に顔を埋める。
完全にその身動きを封じ込めたまま、肉の質量を潰すように、何度も、何度も、狂ったように激しく腰を振って熱を叩き込んでいったら――。
あいつのどんな声をあげるだろう。引き締まったあいつのナカが、熱い快感でガチガチに俺のソレを締め付けてくるんじゃないか。
そんなドロドロの妄想が脳裏で激しく明滅し、現実の俺のそこは、引きちぎれそうなほどの快感に襲われてズキズキと熱く跳ね上がっていた。
手のひらで熱い腹筋をなぞるたびに、妄想の中のあいつの濡れた声や、絡み合う舌の生々しい音が耳の奥でリアルに再生される。
あまりの劣情に、気が狂いそうだった。あいつのスマホの画面なんて、もう1ミリも目に入っていない。
──そのとき、遠くの廊下から「あー、生き返ったわ」「朝飯何時だっけ?」という、他の2人の話し声が微かに聞こえてきた。パタパタとスリッパの音がこちらへ近づいてくる。
(クソ……帰ってきた)
現実に引き戻された俺は、心臓を跳ね上げながら、あいつに怪しまれないスピードで慌てて腕を引き、自分の布団へと滑り込むようにして身体を離した。
その直後、ガチャリと部屋のドアが開く。
「あ、起きてんじゃん」
戻ってきた2人が暢気に声をかけてくる。俺は心臓の激しい鼓動と、ズボンの中の熱を必死に隠しながら「おう……」と生返事をした。
あいつはスマホを置いてふう、と熱い溜息を漏らし、ゆっくりと布団から起き上がった。
「あー……。そろそろ起きるか。俺、歯ぁ磨いてくるわ」
いつもの気怠げなノリで、何事もなかったかのように微笑むあいつのずるい笑顔。
今朝のお尻に当たっていたあの熱。あいつは俺の気持ちを知ってて、楽しそうに焦らしているのか。それとも、ただ人との距離感がバグっているだけなのか。
洗面所へ向かって歩いていくあいつの後姿を見つめながら、身体の芯に残ったドロドロの妄想の熱が、今日も消えそうにない。