「人多いなーー。」
ここは、市立図書館。
夏休み中ということもあって、勉強をしにきている中高生や、紙芝居を読んでる親子や難しいそうな文献と睨めっこしている老人などで、寂れた図書館も賑やかだった。
俺は、実家での生活があまりにも暇すぎて、家にいても親が何かとうるさいので、
よく高校生の頃に受験勉強しに来ていた図書館に来ていた。
いくつか気になる小説を立ち読みし、机へと持っていった。
高校のときに良く使っていた席に座った。
この席は、窓の景色が良く見える。
とても懐かしい気持ちになる。
ミーンミーーンミン・・・・。
ミンミンゼミの鳴き声が外の景色をより鮮やかにしてくれる。
昔、誰かに聴いたことがある。都会にはミンミンゼミは少なく、アブラゼミが多いと・・・。
確かに、京都じゃアブラゼミの泣き声しか聞いたことないよな。
なんて考えながら、外の景色を見ると、大きな入道雲が夏を喜んでいるかのように広がっていた。
(夏だな〜〜〜〜。)
小説を読みふけっていたら、もう二時間経過していた。
俺は、借りない本を戸棚に返しに向かった。
すべての本を戸棚に返し、席へ戻ろうとしたとき、旅行雑誌コーナーに目が行ってしまい、立ち止まった。
そこには『夏の京都』と題された雑誌が何冊か置いてあった。
ふと、表紙に目が止まった・
嵐山の竹林がアップになっていた。
「夏の嵐山、二人でいこうな。」
「そうっすね!!!夏の嵐山、俺好きなんですよ〜〜。竹林の雰囲気が。」
孝太さんとの会話を思い出してしまう・・・。
(心配してるかな・・・孝太さん・・・。)
そう思い、携帯を開く。
でも、やはり電話もメールもできなかった。
俺は、目の前にある嵐山が表紙のガイドブックに手を伸ばした。
まるで、孝太さんに触れるように・・・。
と、その時、同じタイミングで同じ雑誌を取ろうとした人と手が重なってしまった。
「す、すいません。どうぞ」
俺は赤面して、下を向きながらその本を先に譲った。
しかし、その人も
「いや、ただ興味があっただけなんで、どうぞ。」
そんなこと言われたら、どうぞどうぞな状況になって困るじゃんか
なんて思いながら、とりあえず顔を上げた。
そこには見覚えのある顔があった。
「あ・・・。もしかして、磯崎コーチ!?」
その人も顔を上げると、驚いたように
「おお!!昇じゃないか!!」
「コーチ、久しぶりです!!めっちゃ久しぶりですね!!」
「ホントだな。お前が中学校卒業していらだから7年ぶりくらいか・・・。
大人になったな〜〜〜。うん。」
「コーチこそ、全然変わりませんね!!今でも続けてられるんですか?」
「もちろん!!もう昔みたいにスイスイ泳げないがな・・。」
そう照れ笑いする姿も昔と全然変わっていない。
磯崎コーチは俺が、小中と通っていたスイミングスクールのコーチで、
特に中学校の三年間はこのコーチにみっちりと扱かれた。
外見は、白熊のように白くて、水泳のコーチなのでそこまで絞まっておらず、
よく「白クマさん」と言って、からかっていた事がある。
垂れ目でいつもニコニコしているだけあって、性格も超温厚で、
スクール引退式のときに、スクール生よりもワンワン泣いていた。
そんなコーチが俺は大好きで、コーチからもとても可愛がってもらった。
俺らは、近くのベンチに座って昔話に花を咲かしていた。
「昇、なんで高校でも続けなかったんだよ」
「やだな〜〜、何回も言ったじゃないですか。新しい競技に手を出してみたくなったって。教えてくださった磯崎コーチには悪かったですけど。」
実際、もう俺のタイムは県レベルでも通用しないとこまで下がっていた。
本当は、磯崎コーチのもとで続けたかったのだが、これ以上 タイムがあがらないまま泳ぐのも嫌だったし、タイムが出る度に磯崎コーチが一生懸命メニューを作ってくれるのも、それでも結果が出ず
「次、がんばろうな」
と笑顔で励ましてくれるコーチの顔を見るのが辛くて仕方なかった。
だから、中学卒業とともに辞めた。
相当、コーチからは止められたのだが・・・。
と、コーチの薬指にキラリと光るものが見えた。
「コーチ、結婚されたんですか??」
おぉと気づき、指輪を遠い目で見るように話した。
「俺ももう29歳だからね。いつまでも独り身は寂しいし。子供もできた。」
「子供まで!?てか、磯崎コーチ29歳だったんですか!!全然見えない!!」
「そうか〜〜。もう世間ではオッサンの年だよ(笑)
そうだ、昇、いつまでこっちにいるんだ?」
「え、まだ決めてないですけど。そんなに長くないっすよ。」
「じゃあ、近いうちに飲もう!!家に呼んでやるよ!!」
「いいすね!!ぜひ、飲みましょう!!俺、コーチとお酒飲むのが夢だったんですよね!」
「うれしいこと言ってくれるじゃないか!てか、昇がお酒飲める年とか、俺も老いたな〜〜」
「やめてくださいよ、夏に合わない湿っぽい話(笑)」
「そうだな!!」
コーチはガハハと笑い、俺も一緒になって笑った。
帰り際に、連絡先を交換して俺は図書館を後にした。
バスで来たが歩いてもいける距離なので、俺は歩いて帰ることにした。
7月の下旬ということもあって5時を過ぎているのに、まだ明るい。
少年たちが、笑いながら自転車をこいでる。
「いつまでも独り身は寂しい・・・か。」
磯崎コーチの声が頭をよぎる。
いつからだろう。。。
祖母の老いを感じてから
就活をしてから
両親の見えない圧力を感じてから
周りの友達と将来について話すようになってから
今後の人生について考えてしまう。
俺は、あと数年後何してるんだろう?
子供は?
そもそも、こんな不安定なセクシャリティの奴が結婚なんて考えていいのか、、、
そんなことを考えながら、少年たちを見つめる。
あの頃に、
なんにも不安なんて、将来なんて考えてなかったあの頃に戻りたいな・・・。
立ち止まり、空を見上げる。
まだ空は明るく、雲が伸び伸びと動いていた。
「やめた!!!!こんなこと考えたら、鬱になるわ!!
とりあえず、目先の問題から解決しなっ!!」
俺は、リュックをしっかりと背負って、家まで思いっきり走り出した。