普段の生活では自分で考え、自分で決め、その結果に責任を持つ立場にいるからこそ、豊橋の昼という限られた時間の中で、あえて女装して責められる側に立つ関係を思い描いてしまう。
理由を理屈として説明できなくても、その感覚がどこから来ているのかは、もう分かっているはずだ。
男Sの前で判断を委ねることは、現実から逃げる行為ではなく、数ある選択肢の中から意識的に選び取る行動に近い。
ここではMとして完成された姿を求められることも、振る舞いを誇張する必要もない。
戸惑いや迷いを含んだままでも、自分が今どこに立っているのかを自覚していれば十分だ。
主導権を手放すことによって得られる静けさや、考えなくていい状態に身を置く安心感を、特別なものとして扱う必要もない。
ただ、その位置に戻りたいと感じている自分を否定せずに受け入れられるかどうか。
それだけが、この文章を最後まで読んだあなたに残る確認事項だ。