俺は年末に帰省しなかった。
去年、俺の就職が決まると喜んだ両親が上京し会っていたからだ。
2月も終わり頃、母親から電話があった。
沈んだ声で父親の癌が再発し、何度目かの入院した事を知らされた。
「大丈夫?元気なの?」と、聞いても母親は相当落胆しているようだ。
「それでね、パパがすっかり弱気になっちゃって、会社のこれから先の事を考えて
ヒロトに早く帰ってきてもらって跡継ぎの勉強や準備をしてもらいたいって言ってるの」
「だから俺は今、その為の勉強をしてるんでしょう?
今の会社へ5年間だけ、という約束で入社させて貰ったのも、その為でしょう。
そんな事したら親父の頼みを聞いてくれた、人事部長の顔に泥を塗ってしまう。
いくら学生時代からの友人だからって、それとこれは別。だから今すぐ無理だと思う。」
「とにかく一度帰ってきてくれないかしら?」と言う母親の言葉が気になる。
俺は金曜の夜、櫻井くんに何も言わずに新幹線に乗った。
翌日、病院へ親父の顔を見に行った。
俺の顔を見て笑顔をみせたけど、
1年振りに見る親父は病気のせいか、
まだ60歳手前なのに、一気に歳をとったようにやつれてみえた。
俺には覚悟が必要だった。暫く親父と談笑し病院を後にする。
親父は俺に何か言いたそうだったが、俺は敢えて他の話題をふった。
スマホには櫻井くんからラインが入ってる。
今、返事をすると櫻井くんも心配するに違いない。俺はスルーした。
夜、家族会議をしたが結論なんかでない。
ただ、弟には心配をかけたくない。重たい気持ちで帰りの新幹線に乗る。
部屋に着くと櫻井くんは不在だった。多分、自分の部屋に帰ってるのかもしれない。
シャワーを浴びソファーに寝転んでいると、と櫻井くんが。
「何処へ行ってたんだよ、ラインも電話もスルーされるし」
「ゴメン、ちょっと出かけてた。」
「外出先だってラインくらい返せるだろ?どこへ行ってたんだよ、心配したんだから」
「ど、どこって、フツーに出かけてた。」
「フツーってなに? なぁヒロト、俺はお前の癖は知ってるんだぞ、嘘をつくと目が泳ぐ」
「んな事ないよ、嘘なんかついてないし!」
「ヒロトが言いたくなかったら、それでいいよ、悪かった。」
櫻井くんはちょっと語気を強める。
俺はなんにも言い返せなかった。重たい空気が流れる。