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新宿でラーメン食うオカマ
- 06/11/17(金) 13:45 -
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いまさらカムアウトしなくても、
アンタ、
バレバレよぉ〜
<J-PHONE/5.0/V801SH/SN350228002215062 SH/0005aa Profile/MIDP-1.0 Configuration/...@wtl7sgts01.jp-t.ne.jp>
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ストロングカタツムリ
- 06/11/17(金) 13:43 -
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だから私はアメリカのことを話したいわけじゃないの。
それに私の周りには同性愛嫌悪者がいないから、もっと一般社会ではどうかと伺ったまで。だから私は行ったでしょう。自分の経験程あてにならないものはないって。私は一度も同性愛者を差別する人はこの世の中にいませんとは言っていない。私の周りにはいないと言っただけ。
どうぞ、どこぞの大学で講釈垂れて本でも書いていれば。あなたみたいな頭だけ大きいような人なんて相手にされないでしょうけれどね。
<Mozilla/5.0 (Macintosh; U; PPC Mac OS X; ja-jp) AppleWebKit/312.1 (KHTML, like...@KHP059134040227.ppp-bb.dion.ne.jp>
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四畳半
- 06/11/17(金) 12:51 -
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本文が長すぎて投稿できないという表示が出たので、二つに分けました。
1998年10月7日ワイオミング州ララミーで、大学生のマシュー・シェパードさん(22歳)が殺害された事件はどうでしょうか。マシュー・シェパードさんが、ゲイを装ったふたりのヘテロ男性に、バーから誘い出され、車の中で、ゲイであるというだけで暴行され、ピストルの台尻で頭がい骨を粉々に砕かれ、柵に縛りつけられたまま放置されて死んでいたところを発見された、という事件です。
2000年2月11日早朝には、「都立夢の島緑道公園」内で30歳代の青年男性が倒れているのが発見されました。頭部や顔面を鈍器のような物で殴られ、それによる外傷性ショックや内臓損傷で死亡したことが、司法解剖で明らかになりました。2月16日に中学生1人と高校生1人が、19日には25歳の男が強盗殺人容疑で逮捕されました。25歳の男は見張り役で、3人は他の4人と併せて7人で、メンバーを換えながら、公園内で数十件の暴行、強盗を行っていたことが明らかになりました。その別の4人も後日逮捕されました。実行犯の少年二人は強盗殺人罪で東京家庭裁判所の審判に付され、少年院に装置されました。25歳の男は強盗致死罪で起訴され、2000年11月には東京地裁で下された懲役12年の判決が確定しています。アカーのメンバーである風間さんは、この事件と報道に関する差別構造を明らかにしました。
夢の島公園は、夜から未明にかけて同性愛者が出会いを求めて集まる場所でした。7人の加害者らの検事調書からは、彼らの暴力が同性愛者を狙ったものであることが明らかになっています。彼等は暴行を加えて金品を奪うことを「ホモ狩り」と呼んでいました。「ホモから金を取る、という目的については、全くなかった、とまでは言いませんが、私の場合、ホモ狩りに行く目的のメインは、殴ったり蹴ったりすることにありました」と加害者の1人は述べています。ゲイを狙った理由については、「ホモは、人に隠れて男同士で愛し合う男たちで、僕たちが襲っても、金を奪っても、自分たちがやっていることが恥ずかしいので、すぐに警察にとどけを出さない」からだと別の加害者は供述しています。しかし現実には4件の被害届が警察に出されていました。被害を申告しないというのは、少年たちの思い込みだったのです。別の加害者は、「俺はここに来るホモ連中は人間のクズで変態野郎ですごくムカつく奴らと思っていましたし、ボコボコに相手をやっつけること自体にスリルやおもしろみも感じてましたので、この男をもっと徹底的にやっつけてやろうと思った」「ホモ連中は人間のクズでウザイ連中だ。そんな連中はどうなってもかまわない」と供述しています。暴力の動機が、彼らにとって「性的存在」でしかない相手への蔑みであり憎しみであることがここに示されています。また、こうした心情が、暴力や苛酷で残酷なものへとエスカレートしていく原因にもなっています。
事件を報道した新聞、週刊誌、テレビは、同性愛者を狙った犯行であることを報道していないか、または曖昧にぼかすか、仮に取り上げたとしても非常に興味本位の報道か、この三つの中のどれかでした。
25歳の男性の裁判の判決には、次のように明記されています。
『本件犯行は、平成12年1月ころから、同性愛者が集まると聞き及んだ公園等において、通りがかりの者に対し、暴行を加えて金品を強手するという被告人らによって敢行されたものである。被告人は、共犯の少年らが遊び半分でかかる犯行を行っていることを知り、少年らの行為を利用すれば容易に小遣い銭を入手できる上、同性愛者を襲えば被害申告されることもなく犯行が発覚しないものと考えて犯行に加担したものであり、他者の人格を全く無視した極めて自己本位で卑劣な犯行である』
差別は人を殺す。この事件は、そのことを事実を持って示しています。同性愛者を取り巻く環境がさほど変わらない以上、こうした犯罪は繰り返されます。
今年の7月にも、東京・江東区の夢の島公園で、同性愛の男性ばかりを狙い、強盗を繰り返していた少年グループが、警視庁城東署に27日に強盗傷害容疑で逮捕されました。逮捕された4人は、都立高3年、無職、それに私立高3年が2人の17〜18歳で、江東区の中学の同級生だった遊び仲間でした。
調べによると、高校生らは2006年7月8日21時頃、同区の夢の島総合運動場内の遊歩道で、板橋区のアルバイト男性(34)に『ホモだろ。金を出せ!』と因縁をつけ突き倒し、殴るけるの暴行を加え、現金2万1000円を奪うなどした疑いです。男性は全身打撲で全治40日の重傷を負っています。また、4人組は男性を襲った直後、約400mほど離れた同運動場内で千葉県浦安市のトラック運転手の男性(56)も襲い、約2週間の怪我を負わせました。
同性愛者を差別する人はいます。俺の周りにもいます。しかし、ストロングカタツムリさんの生活環境の中にはいない。あるいは、同性愛嫌悪者がいても、いないことにしている。ただそれだけなのではないでしょうか。
>一個人の経験をほどあてにならないということは覚えておいて損はありません。経験で判断することの重大な過ちに気づいてください。
ストロングカタツムリさんは、自分でそう言っていましたよね? あの言葉は、ただの建前だったのですか?
俺は、こんな「そこまで卑劣で過酷で惨たらしい社会」から同性愛者差別がなくなることを心から祈っています。そして、祈るだけでは何も変わらないから、差別をなくすための活動をしていきます。
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四畳半
- 06/11/17(金) 12:49 -
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▼ストロングカタツムリさん:
俺が読んだ性同一性障害に関する本の著者の中には、佐倉智美さんや虎井まさ衛さんもいましたね。ストロングカタツムリさんに紹介された本も、機会を見て読んでみようと思います。
さて、本題に入りたいのですが、ようやく、問題点が見えてきました。
どこから話を始めればいいのか迷うのですが、まず、
> 先ず始めに、何故私が性同一性障害者であることを述べておかなかったのか。それはここがリベラルな方々の集まる場所ではないからです。
という文章に関する返信から始めたいと思います。あなたは、「リベラルな方々の集まる場所ではないから」と言っていますね。結局のところ、それが、一連の問題に対する解答なのではありませんか?
ちょっと考えてください。学校、職場、近所……どれをとっても、必ずと言っていいほど「リベラルでない人」はいますよね? 本当は、ストロングカタツムリさんも、そのことを知っているのでしょう? 「リベラルでない人」と関わらないようにする方法は、ただ一つ。できる限り生身の人間と接しないようにすることです。そして、あなたはそれを実践している。別に、そのことを責めるつもりはありません。しかし、みんなが「差別されている、いない」ということについて述べるのは、学校や職場や近所といった、現実生活のことなのです。そういった現実生活の中で、差別されていると感じるのです。
あなたの言う「リベラルな方々の集まる場所」というのは、おそらく、勇気さんに言っていたmixiなどのことなのだと思います。俺はまだmixiをやったことはありませんが、別にmixi自体は何も問題ではないと思います。しかし、学校や職場に通わなければならない人は、mixiの中だけで生活するわけにはいかないのです。差別されている大部分の人は、学校に行きたくない、会社に行きたくないと考えています。でも、生活費を稼いだりするためには行かなければならない。そこには、ひどい人たちがいます。あなたの言う「リベラルでない人」や、同性愛者を差別する人たちです。あなたがなぜ、自信を持って、
>私の周りで同性愛嫌悪者がいたことはありません。自分が同性愛者だとカミングアウトしても、そうなんだ、くらいしか反応はありませんよ。それは偶々私が運がよかっただけなんですかね。普通だったら大バッシングを受けているんでしょうか。そこまで卑劣で過酷で惨たらしい社会に生きているんでしょうか。
と言うことができるのか、俺にはわかりませんでした。俺の両親も兄も、小中高の教員も、クラスメートも、大学教授も、バイト先の社長も同僚も、多くの人が同性愛者に偏見を持っていますし、差別しています。残念なことですけど、俺は今、「そこまで卑劣で過酷で惨たらしい社会」で生きています。俺だって、「そこまで卑劣で過酷で惨たらしい社会」で生きるのは嫌です。しかし、下流階級で四人兄弟の上から二番目である俺には、働かないとか学校に行かないという選択肢はありません。やっぱり、バイトもしなくちゃいけないし、大学に通わなければならない。大学を卒業したら、本格的に働かなければならない。そのどこに行ったって、同性愛者を差別している人はいます。
>私の周りで同性愛嫌悪者がいたことはありません。
とあなたが言えるのは、同性愛嫌悪者と関わらないようにしているからです。つまり、「リベラルな方々が集まる場所」ではない場所に近づかないようにしているからです。俺は、そのことを非難するつもりはありません。しかし、自立して生きて行こうと思ったら、どうしたって、そういった「リベラルな方々が集まる場所」ではない場所に行かなければならないのです。すると、そこには同性愛嫌悪者が大勢います。
結局、「生きている場所が違うから」というのが、解答になってしまいますね。しかし、それは仕方のないことだと思います。一人一人、生きている場所は違うというのは、当然のことなのですから。生きている場所が同じ人なんて、この世には一人もいません。あなたがそうやって、居心地のいい場所で生きていることを責めるつもりはありません。しかし、居心地の悪い場所で生きていかなければならない人を非難することは責めざるを得ません。
> これども友達には恵まれている方だと思います。中学の頃の同級生とも仲は良い。あの頃は気味悪がっていた子達も、今では普通に接してくれる。きっとそれは年齢が重ねるに従って、自分とは違う世界も認められるようになってくるからだと思います。とくにセクシュアル・マイノリティに付いては、クラスによい教材があったわけですから、少なくとも私の前では同性愛嫌悪的な言動をとる方はいません。
そして、こんなこと言いたくありませんが、上記の文章は、これまであなたが述べてきた見解とは、微妙に違っていますね。「あの頃は気味悪がっていた」というのは、結局、その子たちは当時偏見を持っていたということなのではありませんか? 本当にこんなこと言いたくないんですけど、「少なくとも私の前では同性愛嫌悪的な言動をとる方はいません」ということは、あなたの見えないところでは同性愛嫌悪的な言動をとっているかもしれないということを、あなたも薄々自覚しているのですよね。
> 友達に連れられてクラブに赴くこともあります。その時には恋人がいるのかどうか問いますが、私は(クラブ以外でも)こう尋ねるようにしています。
>「今恋人はいるの? 彼氏とか彼女とか。あるいは恋愛には興味ない人?」と。すると多くの男性は笑いながらこう返してきます。
>「彼氏はいないよ」と。
> 私はそれにこう答えます。
>「なんで? あなたが同性愛者かもしれないし、両性愛者かもしれないじゃない。もしかしたら無性愛者かもしれない。だからだよ」と。すると皆納得し、こういい改めます。
>「俺はゲイではないから彼氏はいないけど、恋人はいるよ・いないよ」と。
> 女性の場合はもっと多用です。隣りに座った女性に、
>「そう。私達付き合っているんだぁ」と腕を組みながら言う人もいれば、
>「今いないのよ〜、誰も」と言う人もある。女性は同性愛に関して寛容なようで、
>「レズなんかじゃない!」と否定する人は殆どいません。記憶にありません。
これも、この文章だけ読むと、美談ですね。しかし、世界は、あなたの周囲だけで完結しているわけではないのです。
「動くゲイとレズビアンの会(通称アカー)」は、1990年2月に東京都府中市にある「府中青年の家」を、勉強会合宿をするために宿泊利用しました。アカーは、事前に議論を重ねた末、「いつも団体名を無難なものにして利用するのはもういやだ」と、同性愛者の団体だということを明らかにして利用することに決めました。青年の家のリーダー会(その日利用する団体の代表者が集まって、各団体の活動内容をお互いに紹介する)で、「私たちの団体は、同性愛者どうしお互いに助け合いながら、同性愛に関する正確な知識・情報を広め、社会的な差別や偏見をなくすための活動を行っています」と活動内容をきちんと自己紹介したのです。すると、その夜から、アカーのメンバーたちは、他の宿泊利用者から、浴室をのぞきこまれて笑われたり、「こいつらホモなんだよな」「またオカマがいた」などの言葉を食堂や廊下などで浴びせられるなどのいやがらせを受けたのです。
アカーのメンバーは、青年の家側に宿泊者全体での話し合いを要求しましたが、不十分な会しか開かれず、青年の家の所長との話し合いも拒否されたばかりか、事件後改めて申し込んだ5月の宿泊利用まで拒否されてしまいました。
アカーのメンバーは弁護士を通じて、教育委員会に請願したところ、教育委員会は、「青年の家には、健全に使ってもらうために男女別室ルールというものがある。同性愛者が宿泊利用すると、同室に泊まった者同士がセックスをする可能性があるから、同性愛者の宿泊利用は認められない」という結論を出してしまったのです。この結論を認めるわけにはいかないと考えたアカーのメンバーは、信頼出来る弁護士の協力も得て、1991年2月、東京都に対して損害賠償を求めるという形で裁判を起こし、同性愛者の青年の家宿泊利用の是非を問うことにしました。
東京都の言い分は、偏見に満ち、少数者への配慮に全く欠けるものでした。即ち(1)同性愛者を同室に宿泊させると性行為が行われる可能性がある(だから男女別室にしている)(2)他の青少年が性行為を目撃、あるいは想像することにより健全な成長がそこなわれる(3)他の青少年が同性愛者に対して嫌がらせなどをする恐れがある、などです。
アカーは、東京都の言い分に対して裁判でことごとく反論し、第一審に勝訴しました。
しかし、東京都側はこの判決を不服として控訴し、新たに「青年の家に同性愛者がいること自体、他の青少年に悪い影響を与える」などという、同性愛(者)を否定する論理を持ち出して来ました。
もちろん第二審にも勝訴しましたが、裁判が始まってから終わるまで、七年半という長い歳月がかかりました。
こういうことを書くと、あなたはまた、
>ちょっと意固地になっているのかな、と思ってしまうような人は、情報や資料として、同性愛者が差別されていると書かれたページを紹介してきます。ですがそんなことは関係ない。あなたが差別されてきたかどうかななのです。あなたが同性愛者だから差別されてきた過去があるのか、今があるのか。それを仰って頂きたい。
と言うかもしれません。
しかし、よく考えてください。裁判で戦ったアカーのメンバーにとっては、この「府中青年の家裁判」は、まさに「同性愛者だから差別されてきた過去」ですよね。そしてそれは、俺たちの過去であったとしてもおかしくないのです。たまたまその場に居合わさなかった、ただそれだけなのです。
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坊くん
- 06/11/17(金) 10:22 -
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こんにちゎ坊くんです。
坊くんゎカミングアウトしてますよ〜目立ちたいからとかゆ〜てる人いますけど、まぁ何とでも言えば て感じです。人にゎ色々な意見があります 皆同じだったらコワイですものね、「気持ち悪い」このよぅな考えの方ももちろんいます、でもそれゎその人の意見であり私がゲィゎ気持ち悪くなぃよ とかゎいいません 「気持ち悪い」てぃわれてイヤな気分になる人ゎ無理してカミングアウトする必要ゎないと思いますよ。。坊くんゎものすごく仲良しの友達がいて、むこぅゎ何でも話してくれるのに坊くんゎなんか80%くらいの付き合いしかできてないな ってずっと思ってた((この女のコカァィイよね))とかの話題にものれないし偽りの自分 本当に自分のコト 親友て思っていてくれる人に偽りの自分で接しているとゅーコト 本当につらかった。 恋をしてふられた時とか 親友にすら相談できない つらくて死にそうになったコトもあったけどカミングアウトできた時 親友が、坊くんなら全然気にしないよ 坊くんがどんな人間かよく知ってるしゲィだからって何がかわるの!?ていってくれた。マジ嬉しくて涙がでた。それからジョジョに周りの友達にカミングアウトできて仕事場。家族 今ゎ皆にカミングアウトできた。デメリットなんか気にしない。あきらかにメリットのが大きかったから 坊くんゎカミングアウトしてよかったと思っております。。
<DoCoMo/2.0 N902i(c100;TB;W24H12)@proxy162.docomo.ne.jp>
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ストロングカタツムリ
- 06/11/17(金) 9:45 -
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ほぼあなたの仰っていることは正しい。だけれど保健体育で自身の体について学ぶのと同じように、セクシュアル・マイノリティについて学ぶ必要があります。それは地理の勉強と同じことです。
「学校において私は、同性愛異性愛の云々、を学ぶ必要性はまったく無いと考えています。なぜなら、上記のように、私はこの問題の原因を、大多数が正しい、一般的、普通が正しいとする現行の教育に問題があるのであって、狭い価値観に囚われず、より多面的な見方ができるような、そして、他人を否定することから始まるのではなく、相手を肯定することからはじめる教育をすれば、自ずと解決できると思うからです。」と仰って片してしまうのは、些か問題がある。先ずそういった教育をどのようにしていくのか。またあなたの仰る通りなのであれば、地理や歴史を学ぶ必要性が消えてしまう。とくに世界の国々に付いて学ぶことは、自分たちとは違った社会を学ぶという点で、多くの異性愛者にとって同性愛者は自分とは違った社会を形成しているという点で同じですし、勿論同性愛者が皆異性愛者と違った社会を気付いているわけでもないですし、本来人は皆違いますから単にはそうとは言い兼ねますが、「自分とは違うこと」を学ぶ点で同じです。
そして明治期から日本は脱亜入欧の思想を取り入れ、自ずとキリスト教由来の文化を多く取り入れるわけですが、日本を含め、無宗教化してきているヨーロッパの諸国は、今では同性愛をふくめて、様々なマイノリティに寛容です。
ですがら憚らずも申し上げますと、論点・論旨がずれているように感じられます。私の問いは、個人的に同性愛者だからと言う理由で差別・迫害を受けたのかどうか、です。
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ストロングカタツムリ
- 06/11/17(金) 9:33 -
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素晴らしくご丁寧な返答に感激しております。どうもありがとうございます。
あなたがお読みになったご本。私も昔拝読しました。だけれど何処で読んだのかも定かではないし、残念ながら手元にはございません。もしかしたらその辺に埋まっているやも知れませんが。
先ず始めに、何故私が性同一性障害者であることを述べておかなかったのか。それはここがリベラルな方々の集まる場所ではないからです。性同一性障害者で、未だ手術もホルモン療法も始めていない今、体は男でありながら、実生活では女です。ですから私はお呼びでないわけです。敢て告白する必要もなかったし、反って面倒なことになっても困る。ですがここに書き込むに同性愛者であるか異性愛者であるかは、本来問われる必要はありません。何故なら、もしここに同性愛者以外の掲載を禁じたのなら、それは同性愛者差別になってしまうからです。
また、私の軽はずみな言動で誤解を生じさせてしまったようです。「オカマ」と呼ばれていたのは、せいぜい小学生のときです。中学にあがるとそう呼ばわる人はいなかった。ちょっと変わった人という目で視られるようにはなりましたが。
私は「オカマ」と呼ばれることに抵抗はなかった。それは諦めに近いものかもしれません。その頃には既にセクシュアル・マイノリティについての情報はありました。だけれど小学生には解るまい、と思っていました。それに当時の私にとっては、「オカマ」呼ばわりされることより、「デブ」と言われる方が、遥かにいやだった。それに、私に「オカマ」と呼ぶ人は、私を罵り馬鹿にしていたというよりは、身近に自分とは違った人間がいるということへの好奇心故だと思います。ですから殊更問題にはしていなかった。
私は「喫煙者」という言葉も差別用語だと思います。しかしながらそう呼ばれて傷つく人は少ない。だからといって一人でも苦しむ方がいるのなら、それは差別用語になってしまいます。私は「オカマ」と平気でおっしゃるかたがたに、声を大にして批判することは出来ない。差別用語というのは、傷つく人が一人でもあればそうなりますが、そうだとすると何が差別用語でなにがそうでないのか、判断がつかない。傷つく人が多いから使ってはいけなくて、傷つく人が少ないから使っていけないことはない。そういった所謂数の暴力には反対です。ですが幾ら想像緑を働かせてみたところで、自分ではない人間が、如何なる一言で傷つくのかは判り兼ねます。それは私が「オカマ」呼ばわりされても傷つかなかったのに、そう呼ばれて傷つく人が多数いるのと同じことです。その経験がないから、その苦しみはわからない。だけれど、だからといって「オカマ」と簡単に言ってしまっては行けない。ですから私は自分が言われて嫌なことは言わないようにしています。というよりか、私に出来ることはそれくらいしかありません。また、私が差別用語だと思っていることを他者が使用した場合、それが差別用語である可能性と、それを使用することで傷つく方々がいらっしゃる可能性を申し上げることにしています。だから私は「オカマ」と誰かを呼ぶことは全くありません。
小学校・中学校時代はそれはそれは悲惨なものでした。とくに虐められていたわけではない。ですが明らかにクラスに馴染めてはいなかった。私の学校は私立でしたので、先生方がとても素晴らしかった。ですから私は先生方に自らの悩みや苦しみを打ち明けていました。それは大人になった今でも定期的に中学校へ足を運んでいる所以です。私は幼少の頃に母親から虐待を受けていたし、それによって様々な屈折した感情が生じ、それが傾いた土台を形成しましたが、今ではそれが巧くまとまっています。ですがその形成途中であった学生時代には、今ではなんとも些細なことと思われるようなことにも悩み苦しみました。
それ故に高校に進学することはなかったし、今でも中卒者ですし、仕事はない。親の臑齧りですが、それを悪いとも思っていない。なんとも中途半端で不安定な生活を送っています。
これども友達には恵まれている方だと思います。中学の頃の同級生とも仲は良い。あの頃は気味悪がっていた子達も、今では普通に接してくれる。きっとそれは年齢が重ねるに従って、自分とは違う世界も認められるようになってくるからだと思います。とくにセクシュアル・マイノリティに付いては、クラスによい教材があったわけですから、少なくとも私の前では同性愛嫌悪的な言動をとる方はいません。
友達に連れられてクラブに赴くこともあります。その時には恋人がいるのかどうか問いますが、私は(クラブ以外でも)こう尋ねるようにしています。
「今恋人はいるの? 彼氏とか彼女とか。あるいは恋愛には興味ない人?」と。すると多くの男性は笑いながらこう返してきます。
「彼氏はいないよ」と。
私はそれにこう答えます。
「なんで? あなたが同性愛者かもしれないし、両性愛者かもしれないじゃない。もしかしたら無性愛者かもしれない。だからだよ」と。すると皆納得し、こういい改めます。
「俺はゲイではないから彼氏はいないけど、恋人はいるよ・いないよ」と。
女性の場合はもっと多用です。隣りに座った女性に、
「そう。私達付き合っているんだぁ」と腕を組みながら言う人もいれば、
「今いないのよ〜、誰も」と言う人もある。女性は同性愛に関して寛容なようで、
「レズなんかじゃない!」と否定する人は殆どいません。記憶にありません。
私はとても話し好きなので、よく「突っ込んだ深い話」をよくします。そのときに様々なマイノリティについて話しますが、性別を問わず、真面目に話せば、実は同性愛に批判的な人は少ないんだなあと感じます。その中にも、普段はホモかそうでないかで笑い合っている様な方々もいらっしゃるのでしょうが、それは仕方がないようにも思えます。実際に、同性愛者の人とあうことって少ないですからね。同性愛者ですよ、とカミングアウトしている人は、大分少ない。情報もないし、そういった)教育も受けて来なかった。これが差別だというのには幾分説得力に欠けると思っていますが、文部科学省を始めとする日本国家は、配慮に欠けているとは思います。
性同一性障害者の特例は、やはり異性愛主義的な観点からしか話し合われていませんから、配慮には欠けます。ですがそれでも私にとっては、戸籍上も女性になれる可能性が多く在るわけですから、あまり不自由には感じていない。ですが子供を持つ方々には苦悩の元凶なのかもしれません。お母さんとお母さんを持つ家庭でも、お父さんとお父さんを持つ家庭でも、そのどちらでもない性別を持つ家庭でも、お父さんとお母さんを持つ家庭でも、何ら問題はありません。私は期待しています。きっと数年のうちに改訂されるでしょうし、少なくとも後退することはない。今は未だ理想の社会への過程だし、今を経なければ未来は開けて来ない。だから私は、パレードに誘われたことがないので参加したことはないですが、私の周りからリベラルな思想を広められたらな、と傲慢な気持ちを持って、「突っ込んだ深い話」をするようにしています。
性同一性障害に関する書物ですが、まずはその方々が書いたエッセイや小説をおすすめいたします。
まず藤沢さとみさんの『ハーフラバーズ』、『たったひとつのプレゼント』をお薦めします。特にハーフラバーズは、彼女のブログをまとめたもので、とても読み易いです。
蔦森樹さんの『愛の力』もよいです。彼女は「MtF」ですが、性的指向は女性です。そう説明するだけではてなの方もいらっしゃるのですが、性の多様性をウア甲斐いることが出来ます。彼女は多く著書があるので、一度読んでみるとよいかもしれません。
学術書では、佐倉智美さんの『性同一性障害の社会学』をおすすめします。彼女の論文をまとめたものですが、当事者であるため、解り易いながらも詳しく書かれています。
オムニバス形式ですが、『性同一性障害30人のカミングアウト』も読み易く、実体験をまとめたものですのでお薦め致します。
ほかにも著名な虎井まさ衛さんの著作や、宮崎留美子さん等の著作も、当事者が書いたものですので、少なくとも、解ったようなことを書いてしまうかたの著書を読むよりは良いと思います。
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▼ストロングカタツムリさん:
ストロングカタツムリさんはどうやら勇気さんとの議論で精一杯らしいと思い、俺は口を挟まずに成り行きを見守っていました。結局、どちらも納得の行かないまま終わってしまったようですね。
ストロングカタツムリさんの性自認が、二年程前に同性愛者から性同一性障害者に変わったのでしたら、そのことを尊重したいと思います。
では、「同性愛者は差別されているのか」という本題に入る前に、「性同一性障害者は差別されているのか」ということについても考えてみたいと思います。実を言うと、俺は、セクシュアルマイノリティ全般に関する書籍は何冊も読んでいるのですが、性同一性障害について「だけ」書かれた本は、「プロブレムQ&A 性同一性障害って何?[一人一人の性のありようを大切にするために]」や、「性同一性障害はオモシロイ」しか読んでいません。そんな俺が性同一性障害に関して書いてもいいのかは疑問ですが、それはお互い様ということで、許していただきたいと思います。「性同一性障害って何?」以外にいい本があったら教えてほしいです。後学のために読んでみます。
その前に、気になった記述がありました。「勿論オカマと呼ばれたことはあります」という言葉です。ストロングカタツムリさんが「勿論」という表現を使っているように、俺も、勿論オカマと呼ばれたことは数え切れないくらいあります。
例えば、小学生のときには社会科のビデオ学習という授業があったのですが、そのときに「オカマ役」というものをやらされました。黄色のビニールテープで作った鬘を被らされ、女子が持ってきた古い私服を着せられ、口紅を塗られて、ビデオに撮られました。それを見て、みんな笑っていました。当時、俺はクラスの生徒や担任教諭からいじめの被害に遭っていたので、それはその中の一つに過ぎませんが。
また、中学生のときのソフトテニス部で、顧問教諭からも一方的にオカマと呼ばれましたね。結局、耐え切れずに部活を辞めたのですが、そのときには部活の仲間でレギュラー以外のほとんどの子が俺と一緒に辞めてくれたので、いじめにはなりませんでしたし、その顧問教諭は次の年にはソフトテニス部の顧問を外されたみたいです。
そして、先月までカミングアウトをせずにアルバイトをしていた清掃会社でも、社長から「オカマじゃないんだからさ、もっとしゃきっとしろよ」と言われました。
男性同性愛者やMTFの性同一性障害者の多くは、過去に学校でオカマと呼ばれていじめられたという経験を持つ人は多いです。社会に出てからも続く人も多いです。これは、「性同一性障害って何?」だけではなく、セクシュアルマイノリティに関する本の多くに書いてあることです。
「性同一性障害って何?」のQ11にも、「性同一性障害と『オカマ』は違うのですか?」という章を設けていますし、『「オカマ」は差別か』というタイトルの本まで売られています。結局のところ、自分はオカマであると自称する人が使うのは差別ではないけれど、同性愛者や性同一性障害者などセクシュアルマイノリティ以外の人がオカマという言葉を使うのは差別的であるという見解で落ち着いているようです。そして、この「性同一性障害って何?」の51ページから53ページに、
(前略)性的少数者を指して差別的に使われることがある表現については、バラエティ番組の「お笑いネタ」を中心として、いまだに使われています。「オカマ」という表現に傷つく人もいるということは無視されているかのようです。(中略)不利な条件の中で性別の移行を試み、やっと女性として安定した生活を築いている人に向かって「オカマの人ですよね」と言ったら、その人はどのように思うのでしょうか。たとえ、言った本人が差別的な意図を持っていなかったとしても、「オカマ」という言葉が「男を好きな男」「男らしくない男」といったように「男性」を指す言葉である限り、当人を大きく傷つけることになるでしょう。男性であるとみなされ、ほかの女性と区別して扱われたということで、悔しい思いが残るでしょう。(後略)
という趣旨の記述があります。ストロングカタツムリさんは、この文章について、どう思いますか? 俺は、オカマと呼ばれて、傷つきましたし、差別されたと感じました。しかし、結論を急ぐ前に、今はストログカタツムリさんの意見を聞きたいです。上記の文章を、どう思いますか?
ストロングカタツムリさんは、「小学校や中学校で、同性愛を含む様々なマイノリティについて勉強すべきだと私は思いますが、何故かそういったことを勉強させません」と言っていますね。
俺は、セクシュアルマイノリティに関する性教育を行わないことそのものが、差別であると感じます。そういった性教育があれば、俺がいじめられることはなかったかもしれないのですから。そして、自分が同性愛者なのか性同一性障害者なのかわからずに悩むこともなかったでしょうから。しかし、ストロングカタツムリさんはそれを被害妄想だと言います。「どちらが正しいのか」と言っているわけではありません。要するに、事実に変化はないけれど、それを差別であるか差別でないかという判断が、個人個人によって違うということを問題にしたいのです。
俺は、2004年7月16日に日本で「性同一性障害者の性別の取扱いに関する特例の法律(通称:特例法)」が施行されるまでは、性同一性障害者は、非常に差別されていたと考えています。そして、まだ性同一性障害者に対する差別が消えたわけではなく、特例法を満たす要件として、
1.20歳以上であること
2.現に婚姻をしていないこと
3.現に子がいないこと
4.生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること
5.その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること
などなど、問題のある条件があることは、差別であると考えています。特に、現在『現に子がいないこと』という要件が盛り込まれているのは、日本のみであり、性同一性障害の研究が日本より進んでいる各国では、このような要件はありません。これは、明らかに差別だと思います。
しかし、性同一性障害のための法律がある以上、同性愛者のための法律がないことに比べれば、画期的だと言わざるを得ないでしょう。
現在、オランダ、ベルギー、スペイン、カナダ、アメリカのマサチューセッツ州では、同性結婚を認めています。また、イギリス、フランス、イタリア、スイス、ドイツ、ノルウェー、デンマーク、スウェーデン、グリーンランド、アイスランド、フィンランド、ルクセンブルク、アンドラ、スロベニア、スイス、チェコ共和国、アルゼンチン、ブラジル、ニュージーランド、アメリカのハワイ州とバーモント州とカリフォルニア州とニュージャージー州とメーン州とコネチカット州、オーストラリアのタスマニア州、オーストラリア首都特別地域では、同性結婚に准ずるシビルユニオン(法)やドメスティックパートナー(法)を認めています。また、イスラエル、ハンガリー、ポルトガル、オーストリア、クロアチア、リヒテンシュタイン、アイルランド、台湾、中国、カンボジアなどでは、同性愛者の権利を保障したり、同性結婚法案を検討したり議論したりしています。
結論から言いますが、同性結婚が認められていないことは、同性愛者差別です。
異性間なら当然のように認められる権利が、同性間では認められないのですから、これは差別です。
次に、「プロブレムQ&A 同性愛って何?[わかりあうことから共に生きるために]」という本の第18章に、「私は別に同性愛者の方を差別したりしていませんよ」というタイトルの文章があります。是非、これをストロングカタツムリさんに読んでいただきたいのですが、勇気さんとのやりとりを窺う限りでは、読んでもらえない可能性が高いと判断しました。ですから、その内容を簡単に要約して書いてみようと思います。もしもストロングカタツムリさんがこの本を持っているのなら、90ページから読んでください。
(前略)「私は同性愛者を差別なんかしていない」と言う人に限って、同性愛者の人権について無頓着であることが多いです。(中略)「自分はそういったものにはいっさい関わりたくない、関係ない」と決め込む態度をとる人が使うことの多い言葉です。そう思った人はぜひ、人は無意識のうちに差別していることがある、ということに気づいてほしいのです。お笑い番組の「ホモネタ」や「レズネタ」に笑っていませんか? 友人に「彼氏いないの?」「彼女つくれよ」と挨拶代わりに言っていませんか? 人間は結婚して一人前だと思っていませんか? この世の中には異性愛者しかいないような前提で話をしていませんか? 一つでも該当した人は積極的な差別をしていなくても、結果的に、今ある差別を容認して助長していることになるのです。
(中略)「差別とは激しい思い込みのこと」であると性教育の専門家である安達倭雅子さんは言いました。今、自分の中にある「差別なんかしていない」という「思い込み」を疑ってみるのも差別解消の近道かもしれません。
さて、こういう言い方をすると「差別なんかされていないよ」という同性愛者を知っている、という人が出てきます。(中略)ひとくちに同性愛者と言っても、日本国内だけでも三六〇万人から六〇〇万人もいます。その各人によって状況が違うのは当然でしょう。(中略)しかし、だからと言って社会全体に「差別はない」とは言えないでしょう。すこたん企画のもとには、孤立している思春期の当事者から毎日のようにメールが来ます。「自分はいてもいい存在なのだろうか」「田舎に住んでいるので、自分と同じ同性愛者にどうやって出会っていいかわからない」といったものや、「自殺を考えている」といったメールまであります。
また、当事者で「差別なんかない」と言う人には、今、自分の周囲にある生き辛い状況を直視するのがしんどいからこそ、「差別なんかない」と言って必死にもがいているという場合もあります。結婚制度をはじめ、厳然と制度上の差別が存在し、毎日の生活の全ての場面で同性愛者として「自分らしく」生きられない状況では「差別なんかない」とは言えないでしょう。
(中略)近年、日本でもゲイやレズビアンの団体が声を上げるようになってきました。それに伴い、日本でも新木場の殺人事件や府中青年の家裁判に代表されるように、様々な事件も起こりつつあります。今後、同性愛者が「目に見える存在」になったとき、ヘラトクライムという排除の道に進むのか、それとも多様性を認め合う共生の道へと進むのかを問われているのは、日本の社会、そして、みなさん一人一人の意識なのではないでしょうか(後略)
以上です。
ストロングカタツムリさんは、自分が性同一性障害者であることをカミングアウトするのを躊躇っていましたよね。どうしてカミングアウトを躊躇ったのか、その理由を考えてみてほしいと思います。
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ん、雑誌の受け売り…常連者を表すのに単純明快だから…かな?
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JING
- 06/11/16(木) 23:29 -
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▼ストロングカタツムリさん:
はじめまして、JINGと申します。ストロングカタツムリさんのお考えに対する私の意見をよろしければ聞いてください。
まず、私も純粋に『同性愛者』であることで差別を受けることは実は少ないのではないかと考えています。しかし、例えばキリスト教原理主義(宗教名書いてもよかったでしょうか?まずければ削除、ないし修正しますのでご一報ください。)は同性愛を禁じているため、欧米では随分と存外な扱いを受けている人が多いということは、昨今のニュースを見てご存知かと思います。
また、日本では西郷隆盛を初めとする『旧日本における男性の鏡』的な人が少年にラブレターを送っているくらいですし、仏教色の強い日本にとって男色は一般的で、国語辞典にも男娼を初めとする旧同性愛用語が随分と載っているように思えます。しかし、今、なぜそれが差別されるようになったかといえば、日本教育における『普通こそ正しい、一般的が良い、周囲と同じ=正常、少数派=異常』というものが原因なのではないでしょうか。つまり、ある意味では”与えられた価値観”によって差別を行っている人間が多いように思えるのです。
私は元々異性愛者でしたが、性別に囚われてものを考えることを良しとしない両親に育てられたせいなのか、別段同性愛も異性愛も通常の代物として考えていました。「同性愛は自然ではない」という人もいますが、人間もその自然の一部であり、その自然の行動によって発生している同性愛を自然ではないと考えている人たちの人間至上主義にもあまり賛同できません。しかし、何かと理由をつけて同性愛を差別している人が多いのは事実です。
学校において私は、同性愛異性愛の云々、を学ぶ必要性はまったく無いと考えています。なぜなら、上記のように、私はこの問題の原因を、大多数が正しい、一般的、普通が正しいとする現行の教育に問題があるのであって、狭い価値観に囚われず、より多面的な見方ができるような、そして、他人を否定することから始まるのではなく、相手を肯定することからはじめる教育をすれば、自ずと解決できると思うからです。
しかしながら、差別のある現代において生活なさってきた同性愛者の方々は、やはり大きな傷を抱えているのではないかと思います。ある意味では、人間不信的なもの、言い換えれば異性愛者不信的なものがあるのではないかと考えますが、事態を解決しようとせず、ただ目先の目的のためだけに、ありとあらゆる可能性を考えずに表面上の緩和政策を求めるのは如何なものかなぁと思います。
算数や国語、は理論構築の基礎として、理科や社会は、それらの理論構築の材料となるべき過去の事実や定理の基礎として、重要なものだとは思います。しかし、中学校の数学を例に挙げると、文字式をやったあとに1次方程式、しかし、そのあとには2次関数のグラフやそういったものは3年生になってからやる。など、いったいなにを考えてカリキュラムを編成したのだろう。と思うようなものが多いように考えます。つまり、現行の教育カリキュラム事態が異常であるのに、そこに正しいものを追加したとしても益が無いのではないかと考える、ということです。
それに加え、家庭における教育水準の低下、または現在の大人の知的レベルの低下(精神的知能レベルと言い換えたほうがいいかもしれません)も原因としてあげられると思います。家庭内における親という存在が、模範的でなくなっているのは殆どすべての人が知っているはずなのに『我が家は大丈夫』子供から指摘されると『子供の分際で何を言っているの!』と、あまりに幼稚で精神的に卑屈な大人が増えたなぁ、と感慨深く拝見させていただいている今日この頃なのですが、事態はそれほど悠長な代物ではなくなっていると思います。はっきり申し上げれば、東大を出ようが、偏差値40以下の大学を出ようが、人間性がよくなければ、そして社会性がなければ仕事を出来ないのは普通であるはずなのに『学歴社会』とよばれ、一部の”一流大学出身”だとかという低脳が随分と社会を引っ掻き回してくれたものだな、と憤りを覚えます。まずは、その引っ掻き回されたものを正常な位置に戻すことが重要なのではないでしょうか。
現代の日本が抱える問題は多く、その中には同性愛者の差別も含まれるとは思います。しかし、その原因たるやあまりにも根が深く、太いですし、挙句にはいろいろなところに根を伸ばし続けていることから、地上に出ている茎や葉をどうにかしても事態の解決にはならないと思います。そういった意味で、かなり慎重に、しかし可及的速やかに大胆に、打開策を考える必要性が有り、それには未来の日本を荷う子供たちの意見も重要なのではないかと考えると同時に、かなり時間をかけて解決しなければ、そのつけが、また出てくるのではないかなぁと思います。
よって、私は、同性愛の差別はあるが、それを解決するための緊急回避策はあるにせよ、現状における事態の根本的解決にはかなりの時間を要し、それらを解決すべきキーパーソンになりえるのは、10代20代の若者世代なのではないか、しかしそれのみでは不十分であるために、見識豊かな大人による導きが必要で、それを素直に聞くことの出来る人間を見つける、または教育する必要性が大きく、それを大多数の人間が自覚すべきなのではないか。と考えます。
長々と失礼しました。 JING
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鳥人間
- 06/11/16(木) 17:20 -
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<DoCoMo/2.0 P900i(c100;TB;W24H11)@proxy256.docomo.ne.jp>
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ストロングカタツムリ
- 06/11/16(木) 12:48 -
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まずはじめに。鳥人間さん、書き込み失礼します。
まず同性愛者に関するトピックスを読んで、実際に参加して思ったのは、本当に同性愛者は同性愛者として差別されているのか、ということです。私は実を申せば性同一性障害者なので、今は同性愛者ではありませんが、二年程前までは同性愛者でした。ですが差別されたことはありません。勿論オカマと呼ばれたことはありますが、その時は、
「あんた、オカマがないとご飯炊けないじゃない、何言ってんの、われ」と通してきました。
差別を受けたことがないため、非差別同性愛者ではありません。というよりかは、同性愛者かどうかではなく、個々がなんらかの理由に因って差別を受けた場合に、その理由の中に同性愛者であることは含まれているのかどうか、です。
小学校や中学校で、同性愛を含む様々なマイノリティについて勉強すべきだと私は思いますが、何故かそういったことを勉強させません。それを教えれば、無為に傷つけることなく生きていけるのだから、それはとっても重要なことなのに、何故か算数や理科や社会と同等には扱ってくれません。
初等教育でそれらについて教えないのだから、それは同性愛者本人もそうで、
「僕は人と違うんだ、皆と違うんだ」と、むやみに孤独に浸ったり、意固地になったりしているのではないかな、と思うんです。だから被害妄想なのだろうな友思ったりもする。
人間なんて皆それぞれ違うのだから、そんなろとは気にしなくてもいいし、もしセクシュアリティが多数の人と違うからと言って、では出身地とか身長や体重、両親の名前や足のサイズ、好きな洋服のブランドや好きな芸能人、右利きか左利きか、住んでいる場所はどこか、など相手と違うところを述べ合っていっても、きりがないし意味がない。だから私はカミングアウトはする必要なないと思っています。というより、そんなの当人の意思です。ですが、同性愛者であることをひた隠しにし、時に被害妄想になっているような人は、もしカミングアウトしたとしたらどうなのだろうかと思うんです。本人が想像しているように酷い迫害を受けるのか、それとも、
「あ、そうなんだ」で済むのか。
ちょっと意固地になっているのかな、と思ってしまうような人は、情報や資料として、同性愛者が差別されていると書かれたページを紹介してきます。ですがそんなことは関係ない。あなたが差別されてきたかどうかななのです。あなたが同性愛者だから差別されてきた過去があるのか、今があるのか。それを仰って頂きたい。
私は同性愛者だからこうなんだ、っていう乱暴な考え方は好きではありません。同性愛者かどうかなんて、私はどうでもいいし、会う男性全てと恋愛をするわけではないだろうから、殆どの異性愛者の男性にとってもどうでもいいことであろうと思う。だから
「あなたは本当に同性愛者ですか」という返答の掲載があったときに、
「同性愛者は差別されている」と思っていなければ、その「資格」がないのだろうかと悩んでしまいます。
長々と失礼しました。
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今の時代「殴る」はダメでしょ。やけ、匿名で電話ですね。
すなおさんの時代だとそういう行為もまかり通っていたっぽい
親が言ってたけど昔の教師って鞭か木刀を持って悪さするとそれで殴られたらしい
私見になるが、オレは教師に多少の体罰は許してあげてもいいと思う。子供に人権与え過ぎて弱くなった子供は簡単に自殺するゃん…
<KDDI-KC36 UP.Browser/6.2.0.10.2.2 (GUI) MMP/2.0@wbcc1s10.ezweb.ne.jp>
中傷行為をするのは一部の2ちゃんねらーだけじゃないよね、無料ホームページに相当数立ち上げられているみたいだよ。そしてそこから流れてこのサイトにもきている韓国・朝鮮系、台湾・中国系を確認したな。やはり反日教育を受けて日本人を攻撃しているものがいるようだ。流暢な日本語を使うものもいれば、まだ片言のやつもいる。
<KDDI-SA35 UP.Browser/6.2.0.9.1 (GUI) MMP/2.0@wbcc2s06.ezweb.ne.jp>
使い方を誤れば、世の中のモノは全て「凶器」となるからね。ネットは利用者のモラル・マナーが試される場だね。
<KDDI-SA35 UP.Browser/6.2.0.9.1 (GUI) MMP/2.0@wbcc2s09.ezweb.ne.jp>
ニュースのネタは意見言い易いから中傷に発展する。中傷しあってる印象を与えてる。
物理、化学、生物、電気、機械などはある程度知識いるから役に立ちそうなネタもある‥(¬_¬)
<DoCoMo/2.0 P900i(c100;TB;W24H11)@proxy224.docomo.ne.jp>
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夜光虫
- 06/11/15(水) 21:32 -
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お待たせしました。
本当の愛は遠距離なんかでは冷めない=恋愛は可能
<KDDI-HI33 UP.Browser/6.2.0.7.3.129 (GUI) MMP/2.0@wbcc4s03.ezweb.ne.jp>
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Bunchou
- 06/11/15(水) 19:51 -
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ルパンさん、同族嫌悪は程々にしておいた方がいいですよ。
あなたの執拗なネガティブ発言は正直なところ、見苦しい限りです。
このままではあなたの考えが正しいものであったとしても、賛同者を得ること
ができないばかりか、反感を買うことしかできませんよ?
(ルパンさん自身に悪意があるわけではないので、悪しからず)
私は同性結婚にはもちろん賛成です。
しかし、それだけで偏見の解消につながるとはとても思えません。
仮に同性間の結婚制度ができたとしても、同性愛に偏見を持つ異性愛者から見れば
「得体の知れない同性愛者のカップルが結婚した。」
という風にしか映らないと思います。
同性結婚の現実的なメリットは、主に経済面や配偶者に万一のことがあった場合の対処について、であって同性愛への偏見解消にあるわけではないでしょう。
また、ルパンさんはカミングアウトに否定的なようですが、同性結婚は社会に
対しての立派なカミングアウトです。それも不特定多数に対しての大変に高リスク
なものです。もし、あなたの言うようにセクシャルマイノリティーが「自然に
なれるように」したい、「自分がした嫌な思いとかこの先の人にしてほしくない」
と思うのなら、同性結婚を持ち出すよりも、各人ができる範囲で周囲にカミングア
ウトしていく方が効果的だと思います。もちろん性的指向を明かすだけでなく、
セクシャルマイノリティーについてのあれこれを説明していくことも含みますが。
確かにいちいち女性が男好き、男性が女性好きであることを告白する人はいないで
しょうが、私たちセクシャルマイノリティーはいちいち性的指向を言わない限り、
現時点では不自然な状態でいるしかありません。異性愛者の多くは自分の周りに
セクシャルマイノリティーの人が存在する、ということを想定していない場合が
ほとんどだからです。将来的に私たちが自然でいられるようにするためには
「自らの性欲の対象を公にする」という、不自然ともいえる行為を実践していく
ことも必要だと思います。
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; (R1 1.5); .NET CLR 1.1...@KHP059143155049.ppp-bb.dion.ne.jp>
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ストロングカタツムリ
- 06/11/15(水) 17:58 -
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ごめんなさい。本当に申し訳ないです。如何に責任を取ったら良いのか。
勇気さんはとても頭の良い方のようで、彼と意見を交換していると、とても有意義だと思ったんです。ですから私も一所懸命変身していたのですが…。
<Mozilla/5.0 (Macintosh; U; PPC Mac OS X; ja-jp) AppleWebKit/312.1 (KHTML, like...@KHP059134040227.ppp-bb.dion.ne.jp>
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鳥人間
- 06/11/15(水) 17:41 -
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人の書き込みよく覚えてるね‥(¬_¬)
協力しますよ勇気さん。
<DoCoMo/2.0 P900i(c100;TB;W24H11)@proxy260.docomo.ne.jp>